ラグランジュ点 L4・L5 の線形安定性証明

円制限三体問題の運動方程式から Routh の安定条件を導出する

メインページではシミュレーションで安定性を可視化しました。 このページでは、なぜ L4・L5 が安定になるのか、その数学的な証明を一歩ずつ追っていきます。

目次
  1. 設定と運動方程式
  2. L4・L5 が正三角形であることの証明
  3. 平衡点近傍での線形化
  4. 特性方程式と安定性解析
  5. Routh の安定条件

1. 設定と運動方程式

質量 \(m_1\) の主星と質量 \(m_2\) の伴星(\(m_1 > m_2\))が円軌道を描く円制限三体問題を考えます。 第三の微小天体(質量無視)の運動を記述するため、以下の規格化単位系を導入します。

規格化単位系
総質量: \(m_1 + m_2 = 1\)、天体間距離: \(1\)、万有引力定数: \(G = 1\)、角速度: \(\omega = 1\)

質量パラメータを \(\mu = \frac{m_2}{m_1 + m_2}\) と定義すると、主星の質量は \(1-\mu\)、伴星の質量は \(\mu\) です。 系と共に回転する座標系(回転座標系)を取り、重心を原点、主星と伴星を \(x\) 軸上に固定します。

主星の位置: \((-\mu,\; 0)\)、伴星の位置: \((1-\mu,\; 0)\)

x y O (重心) 距離 = 1 r₁ r₂ ω = 1 m₁ (-μ, 0) m₂ (1-μ, 0) L1 L2 L3 L4 L5

回転座標系における主星・伴星と5つのラグランジュ点の配置。破線の三角形は正三角形(辺の長さ = 1)。

回転座標系における微小天体 \((x, y)\) の運動方程式は、コリオリ力と遠心力を含んで以下のようになります。

$$\begin{cases} \ddot{x} - 2\dot{y} = \dfrac{\partial \Omega}{\partial x} \\[8pt] \ddot{y} + 2\dot{x} = \dfrac{\partial \Omega}{\partial y} \end{cases}$$

ここで \(\Omega\) は有効ポテンシャル(重力ポテンシャル + 遠心力ポテンシャル)です。

$$\Omega(x, y) = \frac{1}{2}(x^2 + y^2) + \frac{1-\mu}{r_1} + \frac{\mu}{r_2}$$

ただし、\(r_1, r_2\) は各天体からの距離です。

$$r_1 = \sqrt{(x+\mu)^2 + y^2}, \quad r_2 = \sqrt{(x-(1-\mu))^2 + y^2}$$

なぜ回転座標系を使うのか

ここで一つ疑問が生じます。静止座標系(慣性系)なら、物体に働く力は重力だけです。 わざわざ回転座標系を使って、余計な項を増やす理由は何でしょうか?

答えは、主星と伴星を止めたいからです。 静止座標系では2つの天体がぐるぐる回り続けているため、「ラグランジュ点」という固定された場所を議論できません。 回転座標系を使えば、主星と伴星が \(x\) 軸上に静止し、 「この座標に留まれるか?」という問いを立てることができます。 この利便性の代償として、座標変換の数学から余分な項が生じるのです。

遠心力・コリオリ力 — 実在しない「帳尻合わせ」の力

大事な点を強調しておきます。 遠心力もコリオリ力も、物理的に実在する力ではありません。 現実世界では重力しか働いていないのに、座標を回転させたせいで ニュートンの運動方程式 \(m\mathbf{a} = \mathbf{F}\) がそのままでは成り立たなくなります。 辻褄を合わせるために、加速度の項を「力」のように右辺に移項したものが遠心力・コリオリ力です。

静止座標系(慣性系): \(m\mathbf{a} = \mathbf{F}_{\text{重力}}\) — 力は重力だけ

回転座標系: \(m\mathbf{a}' = \mathbf{F}_{\text{重力}} + \underbrace{m\omega^2 \mathbf{r}}_{\text{遠心力}} + \underbrace{(-2m\boldsymbol{\omega} \times \mathbf{v}')}_{\text{コリオリ力}}\)

右辺の第2・3項は座標変換で生じた数学的な項。物理的な力ではないため「慣性力」「見かけの力」と呼ばれる。

座標変換の導出

具体的にこれらの項がどう出てくるか見てみましょう。 静止座標系の位置ベクトル \(\mathbf{R}\) と、角速度 \(\omega\) で回る回転座標系の位置ベクトル \(\mathbf{r}\) の間には、 一般に以下の関係があります。

$$\left(\frac{d\mathbf{R}}{dt}\right)_{\text{静止}} = \left(\frac{d\mathbf{r}}{dt}\right)_{\text{回転}} + \boldsymbol{\omega} \times \mathbf{r}$$

これを2回適用して加速度を求めると:

$$\mathbf{a}_{\text{静止}} = \mathbf{a}_{\text{回転}} + 2\boldsymbol{\omega} \times \mathbf{v}_{\text{回転}} + \boldsymbol{\omega} \times (\boldsymbol{\omega} \times \mathbf{r})$$

静止系では \(m\mathbf{a}_{\text{静止}} = \mathbf{F}_{\text{重力}}\) なので、これを回転系の加速度について解くと:

$$m\mathbf{a}_{\text{回転}} = \mathbf{F}_{\text{重力}} \underbrace{- 2m\boldsymbol{\omega} \times \mathbf{v}_{\text{回転}}}_{\text{コリオリ項}} \underbrace{- m\boldsymbol{\omega} \times (\boldsymbol{\omega} \times \mathbf{r})}_{\text{遠心力項}}$$

第2項がコリオリ力、第3項が遠心力です。 どちらも「座標変換したら出てきた加速度の余り」を右辺に持ってきただけのもので、 何かが物体を押しているわけではありません。

コリオリ項の具体的な形

今の設定では \(\boldsymbol{\omega} = (0, 0, 1)\) なので、外積を計算すると:

$$-2(0,0,1) \times (\dot{x}, \dot{y}, 0) = (2\dot{y},\; -2\dot{x},\; 0)$$

これが運動方程式の \(-2\dot{y}\)(\(x\) 方向)と \(+2\dot{x}\)(\(y\) 方向)の由来です。 なお、遠心力項は \(-\boldsymbol{\omega} \times (\boldsymbol{\omega} \times \mathbf{r}) = (x, y, 0)\) となり、 有効ポテンシャル \(\Omega\) の \(\frac{1}{2}(x^2+y^2)\) の勾配として吸収されています。

直感 — メリーゴーラウンドの上のボール

回転座標系の中で暮らすとどう感じるか、メリーゴーラウンドで想像してみましょう。 外の静止した人から見れば、ボールは当然まっすぐ飛びます。 しかし回転する床の上に立つ人から見ると、自分の足元が回っているのにボールは慣性で直進しようとするため、 ボールが横に曲がっていくように見えます。 「何かがボールを横に押している」と感じる — それがコリオリ力の正体です。

コリオリ項の2つの特徴(安定性解析で鍵になる)

1. 速度に依存する: 回転座標系で静止している物体には作用しない。平衡点の位置の決定には無関係。
2. 速度に垂直: 進行方向を曲げるが、速さ(エネルギー)は変えない。

特徴1から、ラグランジュ点(速度ゼロの平衡点)の位置はコリオリ項なしで決まります。 しかし、平衡点を少しずれて動き始めた瞬間にコリオリ項が効き始め、 物体を横に曲げて周回軌道に乗せます。 有効ポテンシャルだけ見ると L4・L5 は「山頂」で不安定ですが、 ポテンシャルには現れないこの速度依存項が安定化の鍵なのです。

2. L4・L5 が正三角形であることの証明

平衡点ではすべての速度・加速度がゼロなので、\(\nabla \Omega = 0\) が成り立ちます。 \(\Omega\) の偏微分を計算します。

$$\frac{\partial \Omega}{\partial x} = x - \frac{1-\mu}{r_1^3}(x+\mu) - \frac{\mu}{r_2^3}(x-(1-\mu))$$
$$\frac{\partial \Omega}{\partial y} = y\left(1 - \frac{1-\mu}{r_1^3} - \frac{\mu}{r_2^3}\right)$$

\(y \neq 0\) の解(直線解 L1〜L3 以外)を探します。第2式より括弧内がゼロになる必要があります。

$$1 - \frac{1-\mu}{r_1^3} - \frac{\mu}{r_2^3} = 0 \quad \cdots (*1)$$

この条件を第1式に代入して整理すると、\(r_1 = r_2\) が導かれます。 さらに \((*1)\) で \(r_1 = r_2\) とすると、

$$1 - \frac{1}{r_1^3} = 0 \implies r_1 = 1$$
結論: \(r_1 = r_2 = 1\) であり、微小天体は主星・伴星と一辺1の正三角形を形成します。 これが L4(\(y > 0\))と L5(\(y < 0\))です。

L4 の座標は具体的に以下のようになります。

$$x_0 = \frac{1}{2} - \mu, \quad y_0 = \frac{\sqrt{3}}{2}$$

3. 平衡点近傍での線形化

L4 近傍での微小変位 \((\xi, \eta)\) を導入します: \(x = x_0 + \xi\), \(y = y_0 + \eta\)。 運動方程式をテイラー展開し、2次以上を無視して線形化します。 平衡点では1階微分がゼロなので、2階微分(ヘッセ行列)の項が残ります。

$$\begin{cases} \ddot{\xi} - 2\dot{\eta} = \Omega_{xx}^0\,\xi + \Omega_{xy}^0\,\eta \\[8pt] \ddot{\eta} + 2\dot{\xi} = \Omega_{yx}^0\,\xi + \Omega_{yy}^0\,\eta \end{cases}$$

L4 点(\(r_1 = r_2 = 1\))における \(\Omega\) の2階偏微分を計算すると:

$$\Omega_{xx}^0 = \frac{3}{4}, \quad \Omega_{yy}^0 = \frac{9}{4}, \quad \Omega_{xy}^0 = \frac{3\sqrt{3}}{4}(1-2\mu)$$
注目すべきは、\(\Omega_{xx}^0\) と \(\Omega_{yy}^0\) がともにであることです。 これは有効ポテンシャルの L4 が極大点(山頂)であることを意味します。 通常の力学では極大点は不安定ですが、コリオリ力が状況を変えます。

4. 特性方程式と安定性解析

線形化した運動方程式の解を \(\xi = Ae^{\lambda t}\), \(\eta = Be^{\lambda t}\) と仮定して代入します。 非自明な解が存在する条件は、係数行列の行列式がゼロになることです。

$$\det \begin{pmatrix} \lambda^2 - \Omega_{xx}^0 & -2\lambda - \Omega_{xy}^0 \\ 2\lambda - \Omega_{yx}^0 & \lambda^2 - \Omega_{yy}^0 \end{pmatrix} = 0$$

行列式を展開して整理すると、\(\lambda\) に関する4次方程式が得られます。

$$\lambda^4 + (4 - \Omega_{xx}^0 - \Omega_{yy}^0)\lambda^2 + (\Omega_{xx}^0\Omega_{yy}^0 - (\Omega_{xy}^0)^2) = 0$$

具体的な値を代入します。

\(\lambda^2\) の係数

$$4 - \left(\frac{3}{4} + \frac{9}{4}\right) = 4 - 3 = 1$$

定数項

$$\frac{3}{4} \cdot \frac{9}{4} - \left(\frac{3\sqrt{3}}{4}(1-2\mu)\right)^2 = \frac{27}{16} - \frac{27}{16}(1-2\mu)^2 = \frac{27}{4}\mu(1-\mu)$$

したがって、特性方程式は以下のように簡潔にまとまります。

$$\boxed{\lambda^4 + \lambda^2 + \frac{27}{4}\mu(1-\mu) = 0}$$

安定性の判定

系が線形安定であるためには、\(\lambda\) が純虚数(実部ゼロ)でなければなりません。 \(\Lambda = \lambda^2\) と置くと、2次方程式になります。

$$\Lambda^2 + \Lambda + \frac{27}{4}\mu(1-\mu) = 0$$

\(\lambda\) が純虚数であるためには、\(\Lambda\) が2つの負の実数である必要があります (\(\Lambda < 0\) なら \(\lambda = \pm i\sqrt{|\Lambda|}\))。 そのためには判別式 \(D\) が正であることが必要十分です。

$$D = 1 - 4 \cdot \frac{27}{4}\mu(1-\mu) = 1 - 27\mu(1-\mu) > 0$$

5. Routh の安定条件

判別式の条件 \(1 - 27\mu(1-\mu) > 0\) を整理します。

$$27\mu^2 - 27\mu + 1 > 0$$

2次方程式 \(27\mu^2 - 27\mu + 1 = 0\) の解は:

$$\mu = \frac{27 \pm \sqrt{729 - 108}}{54} = \frac{27 \pm \sqrt{621}}{54} = \frac{1}{2}\left(1 \pm \frac{\sqrt{69}}{9}\right)$$

定義より \(\mu \leq 0.5\)(小さい方の質量比)なので、安定条件は:

$$\boxed{\mu < \mu_{\mathrm{cr}} = \frac{1}{2}\left(1 - \frac{\sqrt{69}}{9}\right) \approx 0.03852\ldots}$$

これを質量比 \(m_1/m_2 = (1-\mu)/\mu\) で書き直すと:

$$\frac{m_1}{m_2} > \frac{1 - 0.03852}{0.03852} \approx 24.96$$
Routh の安定条件: 主星の質量が伴星の質量の約25倍以上であれば、L4・L5 は線形安定な平衡点となる。
天体系 質量比 \(m_1/m_2\) L4/L5 の安定性
太陽-木星約 1,047安定(トロヤ群小惑星が存在)
太陽-地球約 333,000安定
地球-月約 81安定
冥王星-カロン約 8不安定

証明のまとめ

円制限三体問題の運動方程式を回転座標系で記述し、L4・L5 が正三角形の頂点に位置することを示しました。 平衡点を線形化して得られる特性方程式の判別式から、Routh の安定条件を導出しました。

  • L4・L5 は有効ポテンシャルの極大点だが、コリオリ力により安定になりうる
  • 安定条件は \(\mu < \mu_{\mathrm{cr}} \approx 0.0385\)(質量比で約25倍以上)
  • 太陽-木星系、太陽-地球系、地球-月系はすべてこの条件を満たす

この安定性をシミュレーション動画で視覚的に確認することもできます。

最終更新日: 2026年2月6日